numero 28
マテーラのパン Pane di Matera



 紀元前から人が住んでいたといわれる洞窟を谷の向こうに見ながら、こちら側の洞窟住居に泊まる−なんて不思議な経験でしょう。ここは世界遺産にもなった南イタリア、バジリカータ州のマテーラ。洞窟住居といっても、内部の天井は高く、きれいに漆喰でふかれているので、普通の家と変わりありません。ただ時々洞窟特有の湿気たにおいがしてきますが。しかしテラスに出て、ライトに浮かび上がった幻想的な街並みに包まれていると、一挙に過去へと引き戻された様な気がしてきます。
 さてお目当てのパンは、夜中の12時から準備に入るそうです。3時間でひと窯焼いて、また次の準備、これが延々昼の12時近くまで続くのです。
 小さなパン店の入口をくぐり、売店を通過して中に入ってびっくり、目の前に広がる窯の大きい事と言ったら。内部は35平米もあるとか、アパートのワンルームほどの大きさです。窯を温めるのは剪定したオリーブの小枝。このためにわざわざ木を伐採しないというエコの精神が生きています。使う粉は土地で栽培された硬質小麦粉を2度挽きしたもの。水は水道水ですが、浄水器を通しているそうです。酵母は代々使っているマードレと呼ばれるものと、その日の天候によってビール酵母を加え、そして塩を入れます。
 圧巻は生地の成形と窯入れでしょう。なにしろ一番大きなパンは10キロ(大きさを想像してみてください)その次が5キロ、一般的なのが1キロと500グラムなのです。生地は、マシュマロをもっとやわらかくしたような硬さで、持ち上げると垂れ下がります。ひし形に延ばして端を巻き込み、半分に折ってから腕を使って真ん中にくぼみをつけます。最後にハサミを使って端にいくつか切り込みを入れて出来上がりです。これをパーラと呼ばれるピッツァ用のヘラで窯に入れるのですが、何しろ35平米の広さですから、その柄の長さだけでも5メートル以上あります。
 職人さんはリズムに乗って10キロの生地をいとも簡単に、中に並べ始めます。大きいものから順に入れて、最後のパンを置いた時には1時間が経過していました。ここで45分間蓋をして焼き、また取り出しに30分以上の時間がかかります。もちろん窯の口近くにあるのは小さいパンなので焼き時間は短く、大きなパンは2時間以上窯の中で焼かれることになります。
 しかし迫力のあるパンです。置いてあるだけで、何か吸い込まれてしまうような存在感があります。
 「このパンは、祖先が残してくれた遺産なのです。この土地だけではなく、もっと広くその価値を知ってほしいので、ミラノの食品市などに持っていったりします。するとかならず高い評価を得て、今日作った10キロや5キロのパンはそちらに送るためのものなのですよ」
 聞けば、このパンを利用して、職を求めて都会に行ってしまった若者たちを引き戻したいとの事。マテーラのパンには、過去と現在、そして未来の人たちへの思いが込められているようです。


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