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おらが村のチーズ Formaggio nostrano
アルプスの山に囲まれた国境の街ドモドッソラからスイスのロカルノまで続いている登山電車があります。2両編成の小さな電車は、雪の峰の間を通り抜けたり、はるか下に谷底が見えたりする道のりをたっぷりと楽しませてくれます。 ある日曜日早朝からこの電車に乗った目的は、隣の駅近くでチーズを作っているところを見せてもらうためでした。日本に輸出しているような大規模なチーズ工場では見ることのできない、手作りのチーズ。特別の名前もなくただ“ノストラーノ=私たちの”と呼ばれているものです。 連れて行ってもらった仕事場では、今バターが出来上がったばかり。牛乳の脂肪分を取り出して撹拌し、塊と水に分かれたところで取り出して、型につめるのです。その型に花や山の模様がついていれば、抜き出したときにきれいな飾りになります。「うちのバターは水分の量が多いので、本当はバターという名で呼んではいけないんだよ」でも、口に入れたときのやわらかさや、体温でさらりと溶けるのは、硬いバターとは別物、本当においしいものでした。さて、本題のチーズ作りは隣の部屋で行われます。いったん外に出て別の入り口から入るその部屋では、すでに大きな銅鍋にたっぷりの牛乳が入れられ、下で静かに薪が燃えていました。ちょうどいいころを見計らい、子牛の胃から採った凝固酵素を加えてしばらくたつとヨーグルトのように固まってきます。それを細かく切っておいておくと、だんだん牛乳の色が薄くなっていきます。下のほうにはチーズの素である塊が沈んでいったのです。次にその塊を型にいれ、塩漬けして熟成させる作業が続きます。慣れた手つきで行っているのは、50代の体格のよいおだやかな顔つきをしたここのオーナーです。
しかしこの工房の美しいこと。それは磨かれた近代的工場がどこかに忘れてきてしまった、歴史の厚みからくるものでしょうか。薪から立ち上る煙が横の小窓から流れていきます。でも少しの香りは室内に残り、それがチーズに吸い込まれて独特な風味をつけるのでしょう。丸型で直径40センチ高さ10センチ、重さ15キロになるこのチーズ、口に入れるとヘーゼルナッツに似た香ばしさと滑らかな舌触りが広がります。でもこの味はどこかフォンティーナに似ています。そう昔はここでもフォンティーナと呼ばれているチーズだったのです。それが1955年にヴァルダオスタ州のフォンティーナがDOPに認定されると、この名前は使えなくなり、“ノストラーノ”と呼ばれるようになったのです。“ノストラーノ”は他にも生ハムやサラミ、パンなど特別の名前のついていない製品によく使われます。それは小規模生産のその土地ならではのもの、いうならば“おらが村の〜”という意味合いで。 一連の作業を見終わって外に出ると、近くに小さな赤い実がたくさんなっている木が見えました。「あの実はアルト・アディジェ州では甘く煮て食べるんですが、ここではどうですか」との問いに、大きな体をしたチーズ職人さんが答えました。「いいや。うん、世の中には知らないことがたくさんあるものだ。人生学ぶことは尽きないなあ」それを聞いた研修生たちは、「この人のチーズをもっと心して食べよう」と思ったそうです。 |
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