numero 17
ボッタルガ Bottarga



 バスは本道を離れて潅木の茂る凸凹道をどこまでも走り続け、その両脇には地面の高さすれすれの潟が小さな波を刻んでいます。行く先は海のすぐ近くにある小屋。ボッタルガの生産者たちがボラの生育具合をみたり、作業中に一休みする所です。場所はサルデーニャの中部オリスターノ湾の岸辺、ボラの卵をつかったボッタルガの有名な生産地です。
 ボッタルガは地中海地方に伝わる魚の卵の加工品。魚の卵巣を取り出し、塩漬けにして水分を抜いてから板の間において押しつぶすように型押ししてから、4〜5ヶ月乾燥させたものです。サルデーニャの市場では、一般の人も作るのか、わざわざ卵巣があることを見せてボラを売っている様子が見られるほどです。
 ボッタルガがサルデーニャに生まれたのは、フェニキア人のおかげだとされています。フェニキア人は航海術に長け、紀元前に地中海各地での交易を生業としていました。大洋ではないといえ当時の航海術で長い日にちを旅するのですから、船に積み込む食料も長持ちするものでなくてはなりません。そこで彼らは、経験から塩を使った保存法を利用したのです。オリスターノ湾の潟では、満潮の時にボラが流れ込み、干潮になるとそこは天然のいけすになってボラが育つとか。海洋で収穫するよりもはるかにたやすかったはずです。捕ったボラの卵はボッタルガにし、本体は塩水で煮て肉厚のズィーバという葉でくるんで航海中の食料としたのです。料理名は“メルカ”。
 
 同じような加工が、シチリアではマグロの卵に対して行われました。こちらはボッタルガではなくウオーヴォ・ディ・トンノ(マグロの卵)と呼ばれていましたが、今ではボッタルガの名前が有名になったので、転用するようになりました。ちなみにボッタルガとはアラブ語のバッターリックbattarikh(魚の卵の塩漬け)が語源だそうです。
 研修生たちはオリスターノの小屋で、ボッタルガ生産者たちのおもてなしを受けました。まず前菜は生のアサリ、レモン汁を絞って、カキのように食べます。生の貝なんてと恐る恐る口にした研修生、結局ひとつだけでやめた人は誰もいなかったようです。メインは例の三千年前のフェニキア人のボラ料理“メルカ”。
 食事が終わって外に出ると、吹き飛ばされそうな風が吹いていました。
 「今日のことは一生忘れないよ」誰かがつぶやきました。

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