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ロバ肉 Carne d'asino
その昔、ピエモンテ州のボルゴマネーロという村に蛇が異常発生したことがありました。家の周りはもちろん、畑のあちこちにとぐろを巻いているとなると、おちおち農作業も出来ません。そこで助けを求めたのがオルタ湖の聖人サン・ジューリオです。聖人の力は偉大でした。たちまち蛇はすがたをひそめ、人々は安心して畑仕事に戻れることになったのです。 収穫が一段落したときに、13人の人が聖人の元へとお礼参りに出かけることになりました。今と違ってロバに乗って行く巡礼の旅です。往復何日もかかって、家に戻ってきた時には食料はひとつもありません。そこで空腹に耐えかねてロバを調理して煮込み“タプローネ”という料理を作ったのだそうです。それも肉のかたい労働用のロバを使ったため、大変な時間をかけて肉を薄くそいで作ったのだとか。 イタリアで食用とされている肉は、牛、豚、羊、馬、鶏、ウサギ、鳥類が主で、最近ようやく水牛やダチョウが登場してきました。ロバ肉は、ロバが労働用としてよく使われていた頃には食用にもされていたようでしたが、現在ではほとんど見かけません。あるとすれば馬肉専門店の片隅、それもトルコなどからの輸入品となります。もちろんロバ肉を使った料理が残っている地方は、イタリア全土でもパルマなど数箇所しかありません。 この“タプローネ”が生まれた村は、研修生がイタリアで最初の一歩を踏み出すのがアルプスの町ドモドッソラから電車で1時間ほどのところ。郷土料理を勉強している研修生たちがこんな話を聞いたら興味を示さないわけはありませんが、ロバの肉は、イタリアといえども簡単には手に入りません。そこで登場するのが、トラットリア、トレ・ピーニ。山の中の曲がりくねった道を30分ほど行った人口200人ほどのコイモという村にあります。
人口に似合わぬだだっ広い店内に入ってテーブルにつくと、豆と豚の頭の煮こごりをあわせたものや、各種ピクルス、キノコの油漬け、イノシシや鹿のサラミ、特産の生ハムの盛り合わせなどが次々と出てきます。そしてメインはポレンタと6種類のソース―ソーセージ、ウサギ、鹿、ルマーケ(カタツムリ)、イノシシ・・・“タプローネ”「これがロバの肉か」「ずいぶん色が濃いね」「味は馬に似てるかな」「ポレンタによくあうね」感想が次々と飛び交います。その土地の人なら当たり前に食べている料理が、私たち外国人にとってはこの上なく珍しい物として映ります。幸いなことに偏見を持つ人は一人も無く、生まれて始めて食べたロバ肉を心に深く刻み付け、あとはドルチェとこの土地の野草で作られた食後酒を飲んで食事は終わりました。 さてそのあと何となく立ち去りがたく、散歩をしようと村はずれの教会まで歩いていくことになりました。 山の空気はしんしんと冷えています。 ポツンポツンとともっている街灯の下を通って教会に着き、入り口を見てから裏手を回って行くと、突然の光が。そこには街灯の明かりが届かないために、今まで気づかなかった月明かりがこうこうと照っていたのでした。しばしの沈黙。 きっと研修生達はこれから始まるイタリアでの一年間の修行のことを考えていたのでしょう。 |
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