numero 8
豚肉 Carne Suina



 足元には霜が降り、煮立ったお湯の湯気の向こうに動いている人の背が見え隠れします。ここはローマから1時間ほど来た山の中の村。秋の研修のプログラム“春先に生まれてたっぷりと太らせた豚を、屠蓄、解体、加工肉作りをする”という一連の作業の最中です。
 その周りに集まり一挙一動を見逃すまいとしているのは研修生たち。中にはこの日のためだけに研修先からやってきた前期のメンバーたちの顔も見えます。
 今ではわずかしか実行する人のいないこの作業ですが、30年程前までは、イタリアの晩秋の大切な仕事として各地で行われていたのです。豚は他の家畜と違って、特別の飼料を準備する必要も無く残飯で育ち、放牧をすることもまれです。しかも一年以内で大人になるだけではなく、他の動物では使うことの出来ない皮から足先まで、そのほとんどが食料として使えるという特長があります。何よりもありがたいのは、加工して冬を乗り切るサラミなどの保存食を作ることが出来ることです。
 動脈にナイフを入れて屠蓄した豚からは、まず血液を搾り取ります。血液もまた貴重な食料となるので、残さず容器に受けてぬるま湯の中に入れ一時間ほど加熱―すると中で固まり、料理しやすくなるのです。
 次に行うのは熱湯をかけて、体全体の毛をそりおとすこと。そして逆さにつるし、内臓を取り出します。この作業で取り出された腸はすぐに掃除され、塩漬けにされて腸詰に使う準備がなされます。
 内臓の中でも胸腺は特別に美味しいところだとか。親指ほどの大きさの物を焚き火でチリチリと焼き、職人さんたちが私たちに食べろと勧めてくれます。もちろん研修生は興味津々、大勢に分けるため一人分は小豆ほどの大きさにしかなりませんが、それでも押し頂くようにして口に入れて味わいます。そして最後に半身にして解体作業は終了です。
 一見残酷とも見えるこの作業ですが、研修生たちは興味だけで見ている訳ではありません。“料理するという職業を選んでしまったのだから見なければいけない”と、自分に課すような気持ちで凝視している人がほとんどです。
 息を殺して見つづけてから数時間、全ての作業が終わるとまず出てくる感想が「素晴らしい手際でした。全く無駄にすることなく解体する職人技に感動しました」という言葉。
 次に場所を移して、部位分けが始まります。「これが、生ハムを作る腿のところ、これはパンチェッタ、ロースはこうやって切る。脂身は塩漬けにしてラルドを作るんだよ」丁寧な説明の後で、小切れになった肉を挽いてサラミを作ります。
 すっかり冷えてしまった体を近くのバールのカップチーノで温めて、今度は昼食の場所に移動。それも豚肉が中心の食事です。しかし研修生のよく食べること。何一つ残すまいと脂汗まで流して必死に食べているような・・・。「命をいただいているんだから残しちゃいけない」と心の中で思っていたとは、後から聞いたことです。でも最後には「難民だってここまでおなかが一杯になれば残すよね」と本音がポロリ。  でもだれもがこの日「絶対に美味しく作ってやるからね」と決意したそうです。

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