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モッツァレッラ Mozzarella
蒸し暑い船室での夜が明けて、船がナポリ湾に滑り込む時、目の前には、“フニクリ・フニクラ”で有名なベスビオス火山が迫ってきます。心なしか昨日までいた所とは空気が違うようです。船酔いを心配していたメンバーも陸に上がると元気百倍、憧れのカンパーニァ地方の大地を確かめるように踏みしめていきます。しかし、迎えのバスが来ないのはどうしたのでしょうか。会社に電話をしても、早朝のため誰も出ません。意を決して社長の自宅に電話をすれば「もう出たはずだよ」と寝ぼけた声。やってきたのは約束の時間よりも一時間も過ぎていたでしょうか。「別のところで待っていたんですよ」とは運転手君の言葉・・・これを笑い飛ばせるようになると「貴方も南イタリアになれましたね」となるのですが、ともかくも私たちの頭は“あの白いつやつやとしたモッツァレッラ”でいっぱいなので、すぐさまバスに乗り込みます。 イタリア料理を勉強していると、保存食品の重要性がよく分かります。それは冷蔵庫や冷凍庫の無かった時代に、大量に採れてしまった食材を無駄にせず、物が無い時期に備えてとっておきたいという、生き延びるための工夫から生まれたのです。チーズも、すぐに悪くなってしまう動物の乳を長期間保存するとう役割を担っています。搾乳−加熱−凝固酵素添加−凝固〜という工程は同じですが、面白いのは地方によってチーズの質が違うということ。寒い地方ではこってりとしたクリーミーなものが多く、熱い地方ではあっさり方のものが多いようです。なかでもあっさり方の代表格は“モッツァレッラ”。パスタ(カード)を熱湯につけて解かし、つきたてのお餅のようになったら二人一組になって、片方が持ち、もう一方が握りこぶし大に引きちぎります。この作業をモッツァーレ(切り離す)と呼び、そこからモッツァレッラの名前がついたのです。
チーズ製造所に着いたのは、もうお昼近くになっていました。バスを降りた途端にしてくるのは家畜の匂い。好奇心がいっぱいの私たちは匂いの方に歩いていきます。すると突然現れたのは色の黒い大きな角をした牛です。「これが水牛か」初めて見る本物に一同圧倒されてしまいました。牛舎の後ろは水たまりのある泥んこ広場「そうか。水牛だものな。水が必要なんだ」と納得。モッツァレッラの製造所はお湯を使うので湯気に包まれ、その向こうにモッツァーレ作業を続けている人が見えます。「やって良いですか」と身振りでお願いする人、これまた身振りで教えてくれるおじさん。心が通じた瞬間です。たとえ表面が少しデコボコしていようとも、「ブラーヴォ」と誉められれば気分は最高潮。そのまま口に運べば、出来たてのモッツァレッラが、噛んでいるうちにキシキシと音をたてます。なんと言う歯応え−「出来立てを食べるなんて幸せだね」しかし、出来たてといえば、なんと言ってもその後に食べたリコッタです。まだ温かい物をツルリと食べれば、甘さが口中に広がって…「う・旨い!」後は絶句。 そのあとの昼食に出てきたのがなんと“水牛の肉のステーキ”でした。この地方でなくては食べられない物とは知りながら、泥の中で遊んでいた乳水牛の顔と、ホカホカのモッツァレッラやリコッタを思い出すと、何となく申し訳ないような…。 カンパーニァのワインを飲んで風に吹かれていたら、そんな気持ちもすぐに忘れてしまった、ある春の日でした。 |
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