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塩 Sale
シチリア島西部のトラーパニの海岸線では不思議な光景が見られます。海がいくつもの四角の囲いに分けられて、しかもそれぞれの色が違うのです。一番遠いところは海の色、そして赤くなり、手前が白くなっていきます。横には沢山の小山がありそれぞれ瓦で覆われています。 ここは、塩田。もとをたどれば紀元前にもさかのぼります。トラーパニの海岸線は、“土地が平坦である”“浅瀬が何キロにも渡って続いている”“空気が乾いている”など塩田を作るために必要な条件を兼ね備えているため、プーリア州のフォッジャと並んだ塩の大産地となっているのです。 船に乗って20分ほどの所にあるモツィアという小島には、塩作りを始めたと言われるフェニキア人たちの遺跡が残っています。これが紀元前8世紀の物だと聞いたときには、つくづくイタリアの時の流れは違うのだなと感慨に浸ってしまいます。
今では塩が厨房にあるのは当然のことですが、歴史を遡ると、たった一袋の塩を手に入れるためにはるばる山越えをした旅人もいたといいます。また、塩を手に入れることによって食材の保存が出来るようになり、食料が大量に手に入った時にも、時期が過ぎて腐っていくのを見過ごさなくても良くなったのです。それは当時の人々の生活を大幅に向上させました。シチリアでは、塩を利用してマグロの内臓の塩漬け−心臓、卵を使ったボッタルガ、血合いの部分を使ったサラミ−やケッパー、乾燥トマトなどを作っています。塩の恩恵を受けた製品は、いまではシチリアの代表的な産物になっています。 ここを訪れたのは、初夏の日差しがまぶしい日でした。まだ肌寒い北イタリアから一挙に飛行機でシチリアへ、そしてバスで到着したわけですから、南国の太陽の強烈さを肌で感じたことはいうまでもありません。バスを降りてから塩田の中の道を風車小屋へと向かいます。入り口では白髪の紳士が迎えてくれました。内部には大きな石臼と塩田の模型があります。紳士はまず私たちを大きな部屋に案内し、塩が出来るまでのビデオを見るように言います。塩作りの職人たちの労働歌がバックに流れ、最初の塩田に海水が引き入れられてから、太陽の熱で水分が蒸発し、最後に塩の大きな結晶になるまでが詩的に映し出されていきます。今度は塩田の模型を見ながら、海水がどの塩田で何パーセント蒸発し、そして塩になっていくという課程を理論的に教わります。ここで塩は大きな結晶となり、陸に小山のように積まれます。塩が汚れないように瓦で覆うのも昔から行われていた方法です。そこまでの塩は握り拳のように大きいものですが、最後に風力を利用してまわる石臼でひかれて細かくなっていきます。まさに全て自然の恵み利用して出来上がった製品といえるでしょう。
先ほどからガイドをしてくださる紳士は製塩会社の社長で、ご自分が人生をかけてきた仕事を、一般の人にも知らせるために、うち捨てられていた風車小屋を再現して塩の博物館にしてしまったそうです。土曜日や日曜日の時間のある時には、ご自身で訪問者に説明をされます。イタリア料理はその土地に住む人間が自然の恵みと共に作り上げてきたものです。それを伝承してきた人と出会うことも、料理への理解を深めてくれます。この日から見学者にとって “ただの塩”が“ただの塩”ではなくなったとか。 持ち帰った塩の結晶は宝石よりも美しかったそうです。 |
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