なかなか書けなかった話


いよいよ師走・・・って言わないかイタリアじゃ!?
街には、クリスマスが迫ってきたため、電飾があちらこちらに飾られている。
連日、マイナス5℃とかの気温で、いつ降るかいつ降るかと思っていた雪が、ようやくこの街にも到着した。
こんだけ寒いのだが、年末が忙しいのは日本もイタリアも一緒で、ウチの店も連日の大盛況。

と・・思いきや・・。
年末は別として、12月のアタマの方はとってもお店がヒマだったり、バカンスに入っている人なんてのもいる。
そう、真夏にソレントで、「お魚天国」を味わっていた川上さんだ。

川上さんがフェリエに入って、ウチのお店にも来てくれた。
初日は、ちょうど来た藤谷さんと一緒にお食事をしてもらって、翌日はお昼を休ませてもらってクレモナを観光。
今の今まで、ず〜っと行けなかったストラディバリアーノ美術館や、阪本さんのバイオリン工房を周ってお店に戻る。
夜と翌日は一緒にお仕事・・・なんだけど・・・。
週末に120名なんてのがあるもんで、粉チーズを焼いて作るカゴ・・・を140個!・・とか。
とどめに、リンゴ2ケースが積まれて、モスタルダのための切り出し!・・・とか。
なんてゆーか・・・ごめんなさいぃぃ!!

ちょうど、川上さんが帰る直前だっただろうか・・俺のパソコンが壊れてしまった。
働かせすぎたのだろうか・・・画面が真っ暗で映らない・・。
「クレモナより〜」も書けないし送れないじゃん??・・・どうしよう!?
とりあえずは、あった出来事をメモ書きでノートにまとめておいて、後で打ち込むだけにしておこう。

でもって、翌週。
ミラノにてヤスと、マルケ編で出てきたマチャミと再会。
マチャミは学校のカリキュラムが終わり、いよいよサルディーニャのステージ入りが目前に迫っていた。
だから・・・じゃなくっても来たんだろうけど・・・景気づけに日本食を食べちゃったりして♪
藤谷さんも合流したのだが、運悪く地下鉄のストに当たってしまい、移動がしんどい・・・けど、気を取り直して・・。
どこもかしこも、クリスマスの飾り付けがされて賑やかなミラノの街をお散歩。

翌日から普段通りの忙しい生活が始まって・・・と思っていたところが。。。

12月17日。
セルジオの奥さんのレティツィアが亡くなった。

前々から、「どこかからだの具合が良くないんだろうな・・」とは思っていた。
先月の下旬から会うことが少なくなって、「あれ?」と思っていた。

1対1で話しているのならまだしも、誰かと誰かが話している会話を理解することがなかなかできない。
なんとなく、みんながそんな話をしているような気がしていたのだけど・・・確信がもてないし、確認もできなくて。
習慣も知らないから、「お見舞いに〜を持っていってあげよう!」とか考えることすらできない。

自分の語学力の無さを、知識の無さを、行動力の無さを痛切に感じてしまって・・。
花ぐらい贈ればよかった・・日本のことをもっと教えたかった・・「ありがとう」って伝えられなかった。

普通に働くことしか俺にはできなかった・・・って分かっちゃいるんだけどさ。
それでも、「何かできたんじゃないか?」って思っちゃうんだよなぁ。

翌日の夜に、久々にセルジオと顔を合わせる。
俺はただ「セルジオ・・」と一言・・しか言えない。
セルジオは「Taku」と、本当に優しい・・・すべてをわかっているような眼で・・顔で、俺に笑顔を見せる。
そして、導かれるままに俺はレティの棺の前に座り・・眼を閉じて、その姿や言葉を思い出す。
一緒にゴハンを食べたのも、まかないを作って「コショウ強い!」って言われたのも・・セルジオと一緒に歩く姿も・・・。

習慣が違うからわからないことは、まだまだ続く。
そもそも、葬儀ってものがあるのだろうか?
服はどんなものを着ればいい?
なにか持っていかなきゃいけないものは?
どうやってお祈りすればいい?
知らないコトだらけだ。

そんな時に、同僚のルイージやフランチェスコがとっても頼りになった。
「服?はスーツとかじゃなくてもいいんだよ!じゃないと、レティがTakuだって気がつかないだろう?」などと、日本との考え方の違いを教えてくれた。

葬儀の朝。
辺りは真っ白い霧に覆われていて、とっても寒い。
そんな中、リストランテイタリアの前には100名を越えるであろう、黒山の人だかりができて、レティとの別れを惜しむ。
もう、今日スグにお墓に入ってしまうみたいなのだが、これだけ来客が多いとレティも疲れちゃうだろうから、今度行くことにしよう。

俺の部屋には、2週間くらい前にレティからもらった「竹」がある。
飾り用に使っていたもので、捨てちゃうところをちょうどもらったものだ。
いつかココを立ち去る時まで・・どのくらい大きくなるかな??

クリスマスは、両日とも予約のお客様でいっぱいで大盛況。
24日はルイージの家のクリスマスパーティーに呼ばれ、食事をご馳走になった。
25日は忙しくてバタバタしてしまい、疲れているうちに26日を向かえ、26歳になった。
鏡を覗き込むと・・・無精ひげをはやして、疲れた顔をしていやがる・・・。
もうちょっとがんばって年を越せば、冬のフェリエに入る。
気合入れて頑張らなくちゃ!

31日の夜は、ウチはお休みなのだが、もう1軒のロカンダの方は営業のようで、そちらで働くことになった。
やっぱ、ザンポーネとか食べるのかな・・・つ〜か、何時まで働かされるのでしょう??

きっとレティも、楽しいクリスマスと新年を送っていることだろう。
ゆっくりしたかったんだね、きっと。

13期の仲間達や、長本さんやヒロちゃんやマチャミ・・そして、いろいろ聞いてくれたり動いてくれた両親、友達・・・本当にありがとうございました。
みんなの支えがなかったら、たぶんもっと、ヤラレていたと思います。
メールだったり電話だったり掲示板の書き込みだったり、みんなの言葉がとっても嬉しかったです。

そして、レティ。
今になってしまったけど、本当にありがとう。
これから先、イタリア料理を仕事として生きていく俺にとって、あなたに会えたことは大切な礎で、大変な支えです。
もっともっと大きくなるように・・自分をもっともっと磨いてみせます。

ちなみに、パソコンが壊れていたのもあって、これがサイトに出るのはしばらく先になっちゃうだろうし、写真もあんまりない・・・。
で、レティの写真や葬儀の写真は、当たり前ですが撮れませんでした。
本当は、コレを書くのどうしようかな・・と悩んでて、なかなか書けなかったんだけど・・。
一生、俺自身が忘れないためにも・・・そして、レティが俺らの上に、たくさんの幸せを振りまいてくれるのを祈って。
実は、先に番外編に更新された「往復書簡」は、12月のアタマの方に、頭を痛めていた時期の長本さんとのメールのやり取りです。
きっと、これを読んでから見たほうが、内容が分かりやすいんじゃないかな??

2003年。。。いろんなことがあったな〜。
そして、2004年も、充実した一年になりますように。
2004年もますますヨロシク!



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