クレモナまでの道(日本編)



長かった・・・。
いよいよ運命の5月14日。イタリア出発の日だ。

10代の頃からイタリアに憧れて、いつか行こういつか行こうと思っていた。
本場の料理を、ワインを、人を、空気を、たっぷり感じたい。
ひとつの夢が実現できそうだ。

転機は突然訪れた。

昨年の秋
3年ほど勤めていた会社を辞めることを決意した。
ちょうどその前の月に、法事で真鶴に行った際、親戚のおばちゃんに「タクもとっととイタリア行って、修行してらっしゃい」と言われていた。
後にこのおばちゃん経由で、ICTの存在を知るのである。
幸か不幸か、彼女もいなかった・・・。

「今しかない!次にこんな機会が来るのは何年先になるかわからない。」

人のつながりとはおもしろいものだ。
親戚のおばちゃんのお友達が「ハナフク」(←字がわからないけど日本料理屋さん)の常連さんで?そこに「ナガモト」という人がよく来ていて?その人はICTって会社の代表さんで?その会社はイタリア料理研修の助け舟になってくれるとか・・・。
しかも期間は1年だってばさ!なんてタイムリーな情報だろう!

資料を請求して、話を聞きに事務所へ向かった。事務所には女性が二人。
一人は俺ぐらいの歳だ・・・。後にこの人はカポエラの達人だということを知る。

「ナガモトさん」は外出中とのコト。
本棚を見てボーっとしていたら、ドアが勢いよく開いた。
この人がナガモトさんか!あれ?なんか見たことあるぞ?誰だっけ?
話しを聞いているとソムリエ協会の機関紙にコラムを連載しているらしい。
実は俺、一時期ソムリエを目指していて、一応?ソムリエ協会の会員だったりする。
資格試験は残念ながら落ちてしまったのだが・・・。

もしやスゴイ人?
やっとここで気づく。
話を聞いていたのは俺の他にもう一人。メガネをかけた埼玉出身の人だ。
「アンドウさん」とかいったかな?

実家(横浜)に帰って、両親としばしの話し合い。
決めた!これに賭けよう!

年末には会社も無事に辞めた。新年早々、小田原のアパートの荷物を横浜まで運ぶ。
出発は4月30日の予定。
過去に配膳の仕事をやっていたので、つなぎのバイトは即決だった。
これで生活はなんとかなりそうだ。

3月になると、送別会というか激励会が連日続いた。
1年以上会ってなかったのに?みたいな人ともここぞとばかりに飲んでいた。
イタリアに一緒に行く人みんなが「今生の別れじゃあるまいし・・・」と思ったことだろう。
この時点で出発は5月7日に変更になっていた。
当初、俺はカンパーニャに行く予定だったが、クレモナに変更になった。ビザの都合らしい。
近くに海が無い土地は寂しい気がしたが、イタリアに行けるのならばと思った。

4月、桜の季節になると、出発は5月14日になっていた。
皆に激励してもらったのもあるし、配膳も辞めてしまったのもあって、都合半月の出発延期は苦しかった。やっぱり飲んでばかりだったけどね。

いよいよ5月
緊張はピークに達した。すげぇ怖い・・・。てゆーかおれのビザがまだできてないんですけど?
予定では9日にはできると大使館で言われたが・・・。心配だ・・・。
6日は最終説明会。あの狭い場所に17人も座って話を聞く。
なんかゴツイ人多いな〜。この前のアンドウさんはどこ?
帰りがけにエレベーターで一緒になった安川君(ヤス)とアフタヌーンティーでしばしの会談。
皆同じ気持ちなんだ〜って気がしてすごく救いになった。

荷物の整理に追われる。1年分って何をどんだけ持ってきゃいいんだ?
やり残したコトはないかな?横浜のラーメンは食ったし、車は売ったし、花見も温泉も海も行ったし〜、部屋も片付けたし・・・あっ!8月に鎌倉の花火が見れないや・・・。再来年までおあずけだなぁ〜。

そんなこんなで、今年最後の日本の夜
最後の晩餐はスキヤキだった。「上をむ〜いて♪あ〜るこぉ〜ぉ〜ぉ〜ぉ〜」
そんな歌が頭の中に流れる。両親はあまり話しかけてこない。
結婚前夜とかってこんな気分・こんな感じになるのでしょうか?

イタリアにはどんな人たちがいるかな?おいしいワインがいっぱい飲めたらいいな。
いっぱい料理も食べるぞぉ〜。と期待する反面、やっぱすげ〜怖い。
きっとみんな同じなんだと言い聞かせて、1年後はひと周り大きくなって帰ってきてみせると心に誓って、両親と固く握手をした。
成田エキスプレスで空港まで2時間。とりあえず自己紹介のイタリア語でもおぼえよう。
ひとまずさようなら日本!また来年戻ってくるよ!良いお年を!
大船の観音像を見てそんなことを考えていると電車が走り出した。


HOME

 


ict食文化企画有限会社
E-mail:apicio@ict-ict.com